スクーターのレースと聞いて、
どんなイメージを持つだろうか。
「原付の延長」
「お遊び」
「改造合戦」
正直、外から見ればそう思われても仕方がない。
けれど 今のS-1GP は、
そのどれにも当てはまるけど当てはまらない気がする、そんなかなり本気な世界だ。
Contents
S-1GPとは何か
S-1GP は、
スクーターをベースにした改造要素の強いレースシリーズだ。
ただし、最初から「競技」として整えられていたわけではない。
始まりはごくシンプルで、
仲間内で作った**2種スクーターの改造車で「誰が一番速いか」**を試す場だったようです。
初年度2004年の開催はイワイサーキットのイワイ選手権にS-1クラスで参入。
その翌年2005年から舞台は京葉スピードランドへと移り10年間S-1GPとして開催
その後茂原ツインサーキットに移りMotowest S-1GPとして開催されています。
私は2005年の京葉開催になってから現在に至るまで、ほぼ継続して参戦してきました。
進化とともに生まれた「ルール」
参戦者が増え、
走行レベルが上がり、
技術と情熱が加速度的に進化していく。
当然、熱は帯びる。
そしてエスカレートする。
その流れの中で、
「ある程度の秩序」が必要になった。
まずは最低限のルールやクラス分けが行われ、
さらに技術差・思想差を吸収するために、
クラスが増えたり走行枠が増えたり等、その時に合わせて細分化されていった。
その結果、
-
S-1クラス
-
プロクラス
という現在の形に落ち着きました。
モトチャンプ杯との接続
ルールが整理され、思想が固まったことで、
モトチャンプ杯 のOPENクラスにも参加可能となった。
排気量、
車体規定、
改造範囲。
すべてが明文化され、
「スクーターでどこまで行けるのか」を、
誰もが同じ土俵で試せる状態が整った。
そして――
2025年・モトチャンプ杯 第30回全国大会。
OPENクラスと切り分けられ、
S-1GPクラスが確立されるに至った。
モトチャンプ杯にクラスができたということは思想が一つの競技として完成したと思います。
問われるのは「引き出す力」
S-1GPで問われるのは、
**「いかにルールの中で最大限を引き出すか」**という一点に尽きる。
速いエンジンを積めば勝てるわけではない。
高価で派手なパーツを付けても、タイムは出ない。
必要なのは、
-
エンジンの理解
-
車体バランス
-
セッティング力
-
そして、走らせる人間の感覚
どれか一つ欠けても、結果は出ない。
参加して分かる「異常さと楽しさ」
S-1GPに一度でも関わると、
このレースが普通じゃないことに気づく。
ピットでは、
-
コンマ1秒を削るためにギア比を変え
-
排気温度とプラグの色を何度も確認し
-
「昨日と同じなのに今日は違う」理由を本気で考える
それを、みんな楽しそうに笑顔でやっている。
仕事の合間、家族の時間を削り、
睡眠時間を削ってやっている大人たちがいる。
賞金が潤沢にあるわけでもない。
注目される競技でもない。
それでも、やる。
なぜ、そこまでやるのか
理由は単純だ。
速くなったことが、数字と結果で返ってくるから。
言い訳が一切通用しない。
排気量以外は異種格闘技。改造自由だ。
勝ったら速い。
負けたら遅い。
その一瞬がすべて。そこに余計な物語はない。
だからこそ、
「昨日の自分より速くなれたか」
それだけを信じて突き詰められる。
S-1GPは“人間の競技”
このレースにでていると、
最後に差が出るのはパーツではないと痛感する。
-
判断の速さ
-
迷いのなさ
-
積み重ねた失敗の量
つまり、人間。
同じマシンに見えても、
乗り手が変わればまったく別の乗り物になる。
S-1GPは、
「速いスクーターを決めるレース」ではなく、
**「積み重ねてきた人間を試すレース」**みたいなものだと思っています。
これからS-1GPを見る人へ
もしS-1GPを見る機会があったら、
ラップタイムだけでなく、ぜひピットも見てほしいです。
工具だらけの机。
汚れた手。
無言でデータを眺める背中。でも全員めちゃくちゃ楽しそう。
あれが、このレースの正体だ。
派手さはない。
でも、嘘もない。
結論
S-1GPは、スクーターという皮を被った「本気の競技」だ。
だからこそ、ハマる人間はとことんハマる。
そして一度ハマると、簡単には抜け出せないかも。
それでいい。
むしろ、それがS-1GPだ。


コメント