S-1GPに出るまで。バイクに取り憑かれた原点

Bike
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── すべては、最初のJOGから始まった

バイクに乗る楽しさを知ったのは、10代の頃。

誕生日が3月31日。
仲間の中では一番最後まで免許が取れなくて。

だからこそだと思うんだけど。
手に入れた瞬間の喜びは、今でもはっきり覚えている
世界が一段、下にずれたような感覚。

金なんて当然ないし。
手に入れたのは、正直ボロボロの原付だった。


Contents

初めて走ったときの、あの感覚

初めて走ったとき、
感情を直接揺さぶられるような感覚があって。

よく「風を感じる」と言うけれど、
私はそれとは少し違う気がします。

そこまで生きてきた中で、
一番速いスピードで景色が変わった瞬間だった。

家も、街も、信号も、
一気に後ろへ流れていく。

どこまでも行ける気がして
本気で、世界が広がった気がした。


仲間と、二つの世界

その頃、仲間は分かれていた。

暴走族の世界にいるやつもいれば、
レースをやっているやつもいて。

正直に言えば、
どちらにも顔を出していた時期がある。

仲間でつるんで走るのは、確かに楽しい。
夜の空気、エンジン音、妙な高揚感。

でも同時に、
違和感もずっとあった。


「なんか違う」と思った瞬間

みんな、バイクを壊す。
エンジンが悲鳴を上げているのが分かる。

直すより、乗り捨てる。
直すより、次を探す。

それを見ていて、
なぜか悲しくなった。

「これって、楽しいのか?」
「バイクって、そんな使い捨てのものなのか?」

仲間は笑っていたけれど、
自分の中では、何かがズレていった。


バイク本来の性能って、何だ?

そこから、考えるようになった。

バイク本来の性能って、どんなものなんだろう。
限界まで走らせたら、何が見えるんだろう。

壊すことが前提じゃなく、
理解したうえで速くすることはできないのか。

感覚だけじゃなく、
仕組みとしてのバイク。

それを知りたくなってきた。


速さを「試す場所」

自然と、
レースという世界に引き寄せられていった。

群れる速さではなく、
一人で試される速さ。

とてもシンプル。人間関係がどうのとか全く関係ない
言い訳ができない場所。
結果がタイムや順位という数字で返ってくる場所。

そして辿り着いたのが
S-1GP だった。


S-1GPで再会した、原点

S-1GPを走っていると、
あの原付で初めて走った日の感覚を思い出す。

景色が変わる速さ。
エンジンの鼓動。
機械と自分が噛み合った瞬間。
これが皆の知っているスクーターのソレとは全く違うレベルで走る。

ただ速いだけじゃない。
理解した分だけ、ちゃんと返ってくる。

壊すために走るんじゃない。
限界を知る楽しさのために走る。


結論

私がS-1GPを走っている理由は、
特別な栄光のためでも、肩書きのためでもない。

16歳のとき、
ボロボロの原付で感じた
「あの世界」を、もう一度確かめたいだけなのかも。

バイクは、
ちゃんと向き合えば、
ちゃんと応えてくれる。

それを教えてくれる場所が、
今の私にとってはS-1GPなんですよね。

ま、免許なくなったから参戦できないかもだけどwww

20041213160236 写真ないのでS-1GPに出る直前の持っていたバイクたちでも貼っときます

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